料理旅館 田事
郷土料理の域を越えた完成度の高い味わいに舌鼓。
囲炉裏のある部屋で、しみじみと味わってみたい。
「めっぱ飯」「鰊の山椒漬け」「棒たら煮」などの郷土料理に、季節の素材を使った先付け、みそ汁、お新香などが付いた「特別メニュー」(4,500円)「めっぱ飯」は8~10種類ほどあり、単品で800円~。
料理としての完成度の高さを感じる、田事の「鰊の山椒付漬け」(500円)。「鰊の山椒漬けの押寿司」(700円)も試してみたい1品。「鮎の塩焼き」も1年中愉しめる。「めっぱ飯」(800円~)と、料金も意外にリーズナブルだ。
郷愁を誘われる囲炉裏端の光景。座布団を敷き、足をくずし、串に刺した鮎の焼き加減を見ながら、日本酒を一献…。釣り好きの方なら、ご主人の馬場氏と釣り談義に花を咲かせるのも。
広間の障子が美しい。決して新しい建物ではないが、手入れされた和の空間に心が和む。広間の前には、石を池の水に見立てた「空池」がある。
「おいしいものを食べてもらいたい」
真のこだわりは、料理人の心からはじまる。
「鰊の山椒漬も鮎も1年中あるよ。冷凍しておくからね」
料理人であり、代表取締役でもある馬場氏の言葉に少し驚いた。冷凍物にはマイナスイメージがあったからである。もしや、こだわりがない人なのだろうか。
「修行?若い頃は修行なんかしたくてもできないね。どうしても遊んじまうから」
若い頃どこで修行したのか尋ねると、そう言って磊落に笑う。
おいしい「めっぱ飯」が食べられると聞いて、田事にやってきた。「わっぱ飯」ではなく、「めっぱ飯」と呼ぶのが正しいそうである。「わっぱ飯」と言えば、せいろの中に山菜や鮭、きのこというイメージがあったが、田事で出された「めっぱ飯」は大葉・しらす・胡麻など、素朴なものを使ったものだった。もちろん、鮭や山菜の「めっぱ飯」もある。
大きな自在鉤がある囲炉裏端で「めっぱ飯」をご馳走になる。一口食べて「うまい」。思わず声が出た。ふっくらと炊きあがったご飯はほのかに甘く、胡麻やしらすの旨味と良く合う。大葉の青い香りと味わい、歯ごたえが絶妙なアクセントをつけている。「鰊の山椒漬け」や「棒たら」も充分にうまかった。「鰊の山椒漬け」がことのほかうまい。非常に繊細な味つけで、このバランスを保つために、料理人が細心の注意をはらって調理する様が見えるようだ。冷凍ならではの味だ、と味にうるさいカメラマンが言う。彼の話では冷凍保存されているうちに、味が素材になじんでくるらしい。
「鰊の山椒漬け」も「棒たら」も、本来は山国会津が冬の間の栄養を摂るための保存食で、味そのものが愛されてきたわけではない。しかし、田事の「鰊の山椒漬け」や「棒たら」からは、料理としての完成度の高さが感じられた。「料理旅館」の名にふさわしい料理を堪能させていただいた。
一口一口味を噛みしめながら、料理を愉しんでいるところへ馬場氏がやって来た。
「どうだい。うまいがい」
にこやかに笑いながら、そう言う。
そして、鮎を見てひと言。「なんだ、塩つけ過ぎだな」少し怒っているようだ。料理人を呼んで、注意する。そのとき気付いた。もしかすると、この人にとって、こだわりというものは呼吸をするように当たり前のことで、敢えて標榜するものではないのかもしれない。
めっぱ飯がうまかった、と言うと馬場氏は破顔した。
「そうがい」と満足げな様子だ。
真のこだわりは「おいしいものを食べてもらいたい」という料理人の純粋な気持ちからはじまる。馬場氏の笑顔を見ながら、そう感じた。
囲炉裏を囲んで、料理を食べる。
酒を飲む。人との距離が近くなる。
田事には囲炉裏の部屋が3つある。1つは前からあったものだが、2つは後から改修して作ったものだ。
馬場氏から意外なことを訊いた。前に一度、囲炉裏をなくそうと思ったことがあるというのだ。
「囲炉裏なんか置くより、潰してここで料理出した方がいいんじゃねえかなって思ったんだけどない」
その考えを常連の一人だった女性ジャーナリストに話したら、即座に反対されたという。
「囲炉裏はそのままにして、ここで料理を出せばいいんじゃないの」そう言われて、半信半疑ながらも、囲炉裏のある部屋で料理を出すようになった。それが好評で、口こみで「囲炉裏のある部屋で」という予約が増えた。後の2つの囲炉裏はそのときに作ったのだという。
1つのぬくもりに、部屋に集った全員が膝を寄せる。人と人の距離が自然に近くなる。ぬくもりが人の心をあたため、とかしていく。胸襟を開いて話をしたくなる。
1杯のあつ燗があれば、なおさらだろう。今度は田事で、そんなひとときを過ごしてみたいと思った。
料理旅館 田事
会津若松市城北町5-15
TEL(0242)24-7500
営業時間/AM11:30~PM2:00、PM5:30~9:00※要予約
(PM2:00、PM9:00までに申し込み)
■定休日/無休