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外観

白虎隊記念館

手づくり

館内には、会津藩ゆかりの品々が12,000点程展示されている。手前は土方歳三の胸像。

五色沼

館内では、理事長の早川さんたちが、訪れた人に会津藩の話をしてくれる。

五色沼

2階の講習室では、ビデオ上映や講演会が開かれる。

五色沼

理事長の早川廣中さん。
現在、白虎隊の活動などを世に伝えるため、執筆活動などを行っている。

2003〜2004冬【第八巻】新撰組と白虎隊の足跡 01

白虎隊記念館

新撰組とともに戦った白虎隊の足跡をめぐる。

会津若松市一箕町大字八幡字弁天下33
TEL.0242-24-9170
■営業時間/AM8:00〜PM5:00
      12〜3月 AM8:30〜PM4:30
■定休日/無休
■入館料/おとな400円、高校生300円、小中生200円
■駐車場/60台

白虎隊や新撰組ゆかりの遺品などを
12,000点を展示

飯盛山の長い階段の登り口に「白虎隊記念館」がある。
ここには、白虎隊や松平容保など、会津藩の遺品や資料を中心に、約12,000点の資料や遺品が展示されている。
戊辰戦争の時に会津藩の応援部隊であった幕軍の将大鳥圭介、新撰組の近藤勇のはちがねや写真、手紙、土方歳三のくさびかたびらや胸像などが飾られている。
近藤勇や土方歳三の遺品は、東京にいるふたりの子孫から譲り受けたもので、松平容保公率いる会津藩と新撰組の密接なつながりや同盟関係を知ることができる、貴重な資料が展示されている。
江戸末期、倒幕の動乱が続き、会津にも新政府軍侵攻の気配が強まった頃、土方歳三は部下を率いて会津城下を守るためにやってきた。
その間、土方のもとに、仲間であり親友であった近藤の首が届く。彼は、松平容保に戒名をもらい、会津若松市東山町の天寧寺に近藤勇の墓を建てた。
近藤35歳。
その後、土方は五稜郭の戦いで戦死、34歳の若さだった。
会津藩の中で最も若い16、17歳の少年達で結成された白虎隊は、戸の口原の戦いで防戦したのち20名が飯盛山まで逃れてきた。
飯盛山から戦火を望見した彼らは、鶴ヶ城が落成したものだと見誤り、自刃する。
明治維新の影で、幕府への忠誠心と、夢を追いかけた若者の悲劇。彼らのそうした武士魂は、今の時代を生きる私たちに訴えかけてくるようだ。

早川さんの話

白虎隊記念館は「会津の歴史を正しく後世に伝えたい」という想いから、現在の理事長・早川廣中さんの父である故・喜代次氏が、昭和31年に創立した。
早川さんはこう語る。
「子どもたちや次の世代の人たちが、日本の歴史知る上で、戦争とはなにか、平和とはなにか、を感じてくれる日本であってほしい」
現在、早川さんは、館内を訪れた人に、展示品を説明したり、執筆活動などを行いながら、会津藩を世に伝えている。

地図